イングランドでは処女王エリザベスに後継者がなかったことから、スコットランドよりスチュアート家のジェームズ6世をイングランド王として招いた(ジェームズ1世)。しかし、王権神授説の信奉者である王と議会とはしばしば対立し、1621年には「議会の大抗議」が起こっている。一方、1623年にはアンボイナ事件が起こってマラッカ以東のイングランド勢力がオランダ勢力によって駆逐され、同年、日本との交易からも撤退している。これ以後、イングランドはインドと北米大陸への進出に専念するようになる。
次のチャールズ1世の代になっても権利の請願(1628年)、スコットランド反乱(1639年)、議会の大諫奏(1641年)など政治の混迷は続き、王と議会の対立はついに内戦へと発展(ピューリタン革命)、1649年には国王チャールズ1世が処刑されてオリバー・クロムウェルによる共和政が始まった。
クロムウェルは、さまざまな特権や産業統制を廃止して商工業の発展に努力し、なかでも1651年にはオランダの仲介貿易における覇権の打倒を企図して航海条例を発布し、英蘭戦争(第1次)(1652年?1653年)を引き起こしてオランダの海上権に打撃を与えた。
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王政復古後、英軍が北米オランダ植民地ニューアムステルダムを占領したことを発端として、チャールズ2世を戴くイングランドとヨハン・デ・ウィット率いるオランダとの間で第2次英蘭戦争(1665年?1667年)が起こった。戦争の結果、ニューアムステルダムはイングランド領となり(現ニューヨーク)、オランダは北米における拠点を失うこととなった。これにより、オランダは大西洋における海上権を失い、転落傾向をみせはじめる。
その後、イギリスでは名誉革命(1688年)が起こり、ステュアート朝のジェームズ2世が王位から追放され、議会は、ジェームズ2世の娘で熱心なプロテスタントであったメアリーとその夫でオランダ統領のウィリアム3世をイングランド王として即位させた。2人は、王位に対する議会の優位を認めた「権利の宣言」に署名し、1689年「権利の章典」として発布された。権利の章典は王の専制を排除する近代的な議会制民主主義を確立するできごととして、イギリス史上高く評価される。議会王政の始まりである。